地域の「町しきもく」。元は寺や史跡(落柿舎)を含めて16軒だった田園型の村が、今や100軒からになっている。そして今、第4次の破壊が始まり始めた。
破壊の最初は、「農地改革」で新地主になった農家の仕業。全国的な宅地不足で都市近郊の地価が高騰。そこで政治家を動かし、農地を宅地に転換し、売却した。村の6割が水田だった村から水田が消え始めた。政治家や役人がワルサをすると、よほどでない限り少数の住民では歯が立たない。なにせ住民は3重の負担に耐えながら戦わなければならない。
だが救いがあった。そうとは知らずに買い求めた人たちが、不便を承知で、景観を選んだ人たちであったから。この時代に第2次の景観(穏やかの住宅街)ができた。
ほとんど水田がなくなり、小倉池という名池を灌漑用水にも生かしていた農家(農地改革で地主になった)集団が、釣り堀に貸して一儲けを思いついた。
時代が進み、次第の様子が変った。農地の宅地変更が大手を振るようになり、第2次の景観に目を着ける人が現れた。大規模開発(高級分譲)の誘いに乗る人が現れり、安値で袋地を手に入れ、名池小倉池の登記上の地主が不明確をついて埋め立てて進入路を作り、不法住宅を造る人も現れた。ここらあたりから、住民も気が付いた。
さらに、土地を売らずに集合住宅を建て、家賃収入を狙う人が現れた。問題は定住しない転勤族が入れ替わり立ち代わり住まう。村の景観を守る約束事などに興味さえ示さない人も混じり得る。もちろん中には、それも地価をあげる要因と見る住人も現れる。
もちろん住民は黙っていたわけではない。結束し、闘った。だが、とりわけこうした地域にとっては、地域の景観などを守るための法律や条例などが出来るたびに、戦いにくくなった。法律とは、最低限の守るべき約束事である場合が普通だ。地域によっては、住民がより良い環境を目指して努めてきたところもある。
また、法律を作る人は、そのすれすれや、目こぼしで、一儲けを目論んでいる人が多いようだ。許認可権の多くは、そこが狙いで造られた、と見てよいだろう。
そこにまきこまれる悪気のない人も現れる。ズルイ人と言ってしまえばそれまでだが、ならば我々は全員が悪い人になる。原発や石炭火力の電気を使う。外国の子どもを酷使して製品を買う。言いだしたらキリがない。それをする人、許す人、知らず甘えている人。
そのようなわけで、悪気のない人を、敵にしなくてはならなくなる。したところで「キチンと許可を得ています」でチョン。問題はワルサをした政治家や役人だが、闘う費用も時間も自弁の私たちが、相手の分まで税金で負担する勘定になっている。そして悪しき前例までが免罪符のように活かされてしまう。
今や、村の歴史や先祖の努力などの礎であった文化を知らずに、今の景観が主に気にいって入ってくる人が多くなった。それにとどまらず、景観や歴史に惹かれてやってくる観光客の懐を狙ってやってくる人も混じる。国際的にややこしくなった。国や市は賑わいを好む。固定資産税も増やせる方向に進み、気も緩む。悪循環がはじまりだ。
なぜ多くの人が憧れる景観や環境などが育まれたのか。法律や条例があったわけではない。法律や条例は不正や破壊の温床や隠れ蓑にもなりかねない。ひとえに住民の意識が肝心だ。それが不文律という文化を作り、その文化を互いに育み合いたいものだ。