5つのTV報道。NHKスペシャル「中国“改革開放”を支えた日本人」は、中国の近代化が日本企業の指導の下に成し遂げられたことを、中国での取材も重ねて報道した。中国の「日本をモデルに…」との要請に応え、日本企業が束になって支援した時代があった。
たとえば中国の宝山製鉄所。世界最新鋭の新日鉄「君津製鉄所と同じものを…」と中国は希望した。稲山嘉寛はそれ以上のものを、と社員を励まし、現実化させた。
福田赳夫が総理時代の1978年秋。中国の副首相鄧小平が来日し、日本に学んで近代化をはかりたいと要請。経団連の土光敏夫や新日鉄の稲山嘉寛はじめ政官財が一枚岩となって受けて立った。もちろん紆余曲折があった。アメリカの横やりには稲山嘉寛が「日中の平和友好がアジアの安定につながり、それが世界の安定につながる」と応えた。中国が唐突に本件中止の申し入れしてきたときは、土光敏夫が「中国(に)は(何か)困っ(た事情が生じ)ている(に違いない)」と見て自ら出かけて行った。
小松製作所の河合良一は、中国にTQC(品質管理システム)を根付かせるために自社の総力を振り絞ったなど、1000社におよぶ日本企業が束になって、世界の発展から取り残されていた中国の近代化に貢献し、今日の繁栄に供した。
当週記では前回、福田康夫元総理の意見を引用したが、それは父福田赳夫譲りの世界観であり、世界平和をおもんばかったわが国の使命感に基づいたのだろう。
次いで、教え子・AGUに教えられ、TV番組で「クーデンホーフ光子の生涯」を観た。第一印象は、「この人」であったのか、だった。外国人との間に7人の子どもをもうけ、その一人が今のEUの源泉をつくった話を知っていたし、7人の(セーラー服姿のごとき)子どもと一緒に写真に収まったその姿をかねてから見知っていたからだ。
小学校出の骨とう品屋の娘みつが、欧州の貴族青年に見初められ、やがて正妻となり、欧州に渡って今のチェコで終生を過ごした。日本人としては正式な国際結婚第1号だし、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と会話した唯一の日本人だと言われる。
夫の急逝に耐え、その遺言書に沿って貴族社会と夫の姻戚を相手に、凛として法廷で争い、勝訴した。この良妻賢母は、息子の嫁たちに煙たがられ、余生は(AGUが大好きなチェコの)プラハでひっそり過ごしたという。
3つ目は、南アのTV局作の『生命の樹』の観賞。これは人生で最初に感動した映画『砂漠は生きている』を振り返らせた。それまでの私は、体感によって「自然の様々な現象」や「自然の摂理」を学び取っていた。だが、この映画がそれらを1つに結び付けたような気分にされた。そして「自然の摂理」に対する畏敬の念を、説明できそうな気分にさせた。その折の、ヒラメキのごとき目覚めを『生命の樹』はありありと思いださせた。
4つ目は、このたびの沖縄の県民投票結果とその解説を、まずTVで知った。そして2紙だが新聞でジックリ読み込み、理解に努めようとした。もちろん私は、わが国の安全が世界の平和に供することを願っている。それが、アメリカと力を合わせて平和的になされなら、まったく異存はないし、期待する。たとえアメリカの国力が相対的に低下しても、世界の警察官のごとき意識や誇りに満ち溢れていたら、むしろ積極的同調に賛同したい。今のアメリカは真っ逆さまだ。「隷属は御免」と言いたくなる相手だ。
沖縄県民の民意に対する政権の態度は民主主義のサカサマで、愚劣で、卑劣だ、と感じる。戦時中の軍部を思わせる独りよがりの横暴だ。いいようがないほどの不安を感じるわが国の状況を嘆かわしく思う。
残る1つのバイトテロ多発。これもTVで知った。第一印象は、「やはり」であった。なぜなら、その原因に思い当たるフシがあったからだ。そのフシは原因というよりもその遠因とでもいうべきものだ。それは、工業社会が振りまいてきた一種の錯覚であろう。
工業社会は、綺麗な言葉で、笑顔を振りまきながら人々を分断し合わせ、それが互いに本当の顔を見えなくさせて来た。そうした世の中が溜めやすいオリのようながあり、その1つが露わになったように私は見る。
もちろん私は、こうした若者が許されてよいはずがない、と思う。と同時に、こうした若者が、戦時中なら世の流れに載って、勇んで特攻隊員になっていたのではないか、とも思った。共に、大事な歯車のような「ヒト」には育てられるが、肝心の「人」としての顔がおろそかにされているがヒトが陥りやすい現象ではないか。その上に、近年は拝金思想に染められてしまい、ますます本当の顔を見失わせ、何かを錯覚をさせてしまうのだろう。
バイトテロだけでなく、バイトテロをを生み出す世の中を私は嘆かわしく思っている。
実は、今から丁度四半世紀前に、拙著『このままでいいんですか』で、私は顔の見えない食事がもたらす悪しき自己表現のようなものに気付かされ、心配している。
そこにバイトテロのような錯覚行為の萌芽を見ていたのかもしれない。
そのうちに、この女子版のような現象が露わになりそうで、心配だ。