常軌を逸した工業国圏120年の総括。オリンピックでの聖火リレーは1936年のベルリンオリンピック時に、ヒトラーの発想で、始まっている。それは国威の発揚であった。それを可能にしたのは急速なる工業力の充実だが、その工業力の発揚は1854年のパリ万博で(大会スローガンが初めて掲げられたが)の「人間による人間の搾取に替えて、機械による自然の活用」との宣言から始まった、と私は見る。
この宣言からローマクラブの「成長の限界」、そして翌1973年のオイルショックまでの120年間を「工業国圏の常軌を逸した120年間」と捉えてよいだろう。つまり、人類史における2度と生じえない120年間と捉えている。
つまり、石炭紀に億の単位の年月をかけて植物が光合成で固定した炭素化合物、いわば太陽の缶詰・化石資源を地球から盗み合い、持ち主不詳の空気や大気などを汚し合い、あるいは大地を汚染しまくり、その張本人を英雄と見なしてきた120年である。いはば、大掛かりな「自然ドロボウ」を英雄視出来た期間だ。
最早、太陽の缶詰は枯渇状態だし、これ以上ドロボウし続けたのでは太古の気象に戻してしまい、人間の智慧では人間は救えなくなる。それは人間が生きてゆく上で不可欠の現生態系を台無しにしてしまい、未来を真っ暗にしてしまう。それを望まないのなら、人類史における2度と生じえない120年間であったと早く気づき、「未来が微笑み欠ける生き方」に切り替えなければならないはずだ。