わが身を反省。この女性は、スタスタッと庭に入ってきて、石の階段の平たい石を選び、何ら躊躇することもなく腰掛け、やおら本を取り出し a 、小1時間はゆうに読書に耽り、その上で悠然と、人形のショウウインドウを振り返りながら立ち去った。ただそれだけのことだが、なぜか私は胸が熱くなった。
この情景に出くわしたのは、キンギョに餌をやって回っている途中だった。餌やりを中断して、してしばし眺めた。次に餌をやる水鉢は書庫横にあるので、近づけばこの女性に気付かれること必定だから、読書の邪魔をしかねない。そこで餌やりを中断。
その後、半時間ほどしてから、今度は生ゴミを堆肥の山に積みに出たが、その時もはまだ腰をかけたままだった。そこでケイタイを取り出し、シャッターを切った。
その帰途に、幸いなこと、立ち去ろうとしている場面にちょうど出くわした。この間に、私は5つの作業をこなしていた。その都合で、3度もこの女性の姿を眺める機会を得ており、その都度私はわが身を振り返り、次第に反省の度を深めている。
キンギョの餌やりを中断したままだったが、「そうだ」とばかりに懸案だった最後のツルムラサキの始末をしよう、とまず取り組んだ。そのツルムラサキを積んだ一輪車を押して温度計道に至り、居宅を目指し、彼女とは反対側の方に折れるところでチラッと見た。その折に、ある旅先でのある情景を思い出した。20mばかり離れたところに、一段高くなったテラスがあり、白いテーブルが10ほど並んでおり、濃いブルー色のパラソルが陽を遮っていた。心惹かれたが、なぜか気が引けて入れなかった。その後しばしば「あの時は、スタスタと入って、お茶でも注文すればよかった」のに、と振り返ってきた。
このような体験が幾度かある。ある時は時間がないとか、食事を終えたばかりだなどと自分自身に言い訳をして踏みこまず、あるいは踏み込めなかった思い出だ。煎じ詰めれば素直になれない何かに気後れしたわけだ。だから、この女性のような一時を、まだ私には過ごした思い出がない。そうと気付かされ、なぜか良いことをしたような気分になり、胸が熱くなった。