共著者のごとし。リズさんを里帰りのごとくに迎えたが、英訳のための時間を設けることになった。その質問は、次著の「プロローグ」の最初の一言「これは辛い」の辛いから始まった。ピーンとした緊張と、張り合いが私の心の中で大きく膨らんだ。縷々事例を引き合いにだして説明した。
質問は次第に、願ってもない方向に進み、嬉々とした気分にされた。楽しい一時の後、リズさんのたっての願いでもあり、喜田さんを交えた打ち合わせ日の設定をした。リズさんは、寺山修司の日本語を英語として息吹かせる翻訳者だ。喜田さんはビルトッテン思想を日本語に息吹かせる翻訳者だ。この2人に加えて、劉穎さんという、拙著『次の生き方』に目を止めてもらえた人の助成を得るというなんとも贅沢な立場に、私は幸運にも立たせてもっている。
リズさんと喜田さんを交え、3者で打ち合わせた時のことだ。この2人は丁寧に、日米の文化を考慮に入れ、文字面通りにではなく、日本語の意図や想いを掘り下げて、英語として息吹かせる工夫に熱中した。私は他人事かのような気分にされ、聞き入った。もちろん途中で、私の意見や想いを確かめられ、正気に戻ったが、ともかく楽しい時間だった。
リズさんがポツリと、「幸せだなぁ」と言た。「今はいない人には確かめられず、随分悩まされたことがあったのだけど、このたびは直に確かめられるのだから」と言ったような内容だった。この幸せな想いを喜田さんも十分にビルトッテン思想の翻訳でご存知だろう。だから、とても軽快な会話になった。それにしても、と世の中を振り返った。
農業社会が生み出した奴隷と、工業社会が生み出したスペシャリスト・ブルーカラーやホワイトカラーは共に、2つの文明の多数派だが、その立場は随分異なる。何せ文明は、人間の欲望解放システムと言ってよいのだから、人間を分断する。その分断が今や、貧富格差に始まり、やがては巧妙な人権格差にまで広がりかけない。はては生きとし生けるものをすべて不幸にする。