蓄電器活用の補修工事。アイトワの喫茶店が冬休みにはいるのを待って、業者に再訪してもらった。この工事には一時的に停電が求められたからだ。昨年、太陽光発電用の蓄電器を設置したが、蓄電器の充電できる電力量には限りがあり、その活用策を再点検するためであった。もちろん、有意義な時間であったが、同時に予期せぬ感動の時間になった。
この会社は、蓄電器や太陽光発電器などの販売と設置が仕事だろうが、何かが違った。その何かにまず妻が気づいた。即座に私も合点しただけでなく、その何かの違いをキチンと理解できたつもりだ。おかげで、消費者の誇りや消費者の責務、あるいは役目のようなものを意識し直し、心を奮い立たせた。
業者には2台の車で、3人に駆けつけてもらえた。いずれも見覚えのある顔ぶれだった。先に着いた2人は、わが家の要望を再確認した。要望は3つに絞った。1、停電が喫茶店の営業時間中に生じた場合。2、豪雨の最中に(落雷などで)停電になった場合。そして3、停電の間にケイタイや充電式電気機器に充電したくなった場合。
3は、空いたプラグを1つ用意しておけばよい。2は、排水ポンプが揚水し始めていた時に止まらないようにしたい。問題は1で、来店客の安心と安全が第一だが、2の水害問題が同時並行的に生じた場合はどちらを優先するか、選択順位だ。要は、緊急事態が生じた時に、柔軟な判断力が活かせるようにしておきたい。
こうした工事の準備と手配があらかた終わった頃に、次の車が到着した。3人は声を掛け合い、わが家の要望と工事の結果との確認をしあいながら工事を進めた。工事が終わり、私たち夫婦は、期待通りに機能を生かすための説明を受けた。その時だった。妻は最後に駆けつけた上司と思われる人に、「おたくは皆さんは…」と感嘆の声を投げかけた。妻は、工事が確かであるか否かの次元を超えた「心配り」に感謝した。私も、これまで数度にわたり延べ20数人に接してきたことを振り返り、同感だった。
この人たちは、機械や工事の技術を売っているのではなく、需要者に安心や安全を届けようとしている、と感じた。それはおそらく、この会社が、わが国のエネルギー事情の改善に情熱を傾けており、その意識が従業員の励みになっているのだろう。
もしそうなら需要者も、欧米のように、見習わなくてはならない。欧米ではすでに、購買権を選挙権のごとくに位置付け、優良企業は需要者が購買権を通して育てるもの、との認識が広がっている。そして、その「優良」の定義が十分に議論されている。
私は、大阪の門真市に本社がある高等電気株式会社が元気であった欲しい。