スロバキアに出かけていた。先ずは便りで元気を知った。AGU(祖父からもらった愛称)好みの挿絵がいっぱい入った書籍やスロバキアの伝統の菓子などが手紙に添えられていた。
これが予告編になった。手紙にあった1つの抱き人形(が縁になって生じたドラマのエピソード)に私たち夫婦がとても興味をひかれたことを知らせたからだろう。18日目に本篇が伴った。
「AGU」はこの度も、いつものごとく手作りの地図を持参して旅に出た。
そして、出会った人たちに、話題にあがた思い出を記してもらって帰っていた。
「ここで」と、「AGU」は博物館の人と出会った街・ピルゼン市を指さした。その街の「子どもミュージアム」の職員に、抱え持っていた手作りの抱き人形を「見せてほしい」と呼び止められ、所望された。「これです」と「AGU」は、ミュージアムで職員と一緒にとった写真を示した。
ピルゼン市はプラハ郊外30㎞にあり、ピルスナービール(近代ビール)発祥の地とか。「シュコダ」という自動車会社でも知られる街だが、シュコダはチェコ語で「残念」の意味。この会社は、第2次世界大戦時は戦車を造っていたが、戦車の生産と「残念」との関係は分からない。
「プラハ、と言えばチャフラフスカ」と私が叫ぶ。「それも持って来ています」といってチャフラフスカの活動を記録した番組のDVDを取り出した。
これが新作、と手作りの「操り人形」も取り出し、操って見せた。
頭が動き、足や手が躍った。妻の歓喜の声。「AGU」は再び20数年前の思い出を口にした。講義の時間に、なぜか私はチェコの操り人形を持ち込み、想いを語ったようだ。形態論の時間であったのだろう「形態は思想の顕在化」とでも言ったのだろう。AGUはエッチングの名手も教えてくれた。
話は弾み、話題が創作の動機になり、私は新著を記した時代背景としてAIロボット時代を語り始めた。すぐにAGUはまたカバンをまさぐり、文庫本を取り出した。チェコは、ロボットの概念に初めて気づき、ロボットという言葉を産みだした人を輩出した国らしい。
ココアをすすりながら熱心に共感を愛であい始めたが、初雪がシンシンと降り出した。
新著を持ち帰ってもらったが、どのような形態の誕生に結び付けられるのやら。